FRUITS TIME

肉片

7/3

 

12時半に家を出て武蔵小杉へ。

 

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折元立身さんの展示をみた。フライヤーの写真等みていてふ〜んと思っていたけど、わたしはあの写真のほんの表面しかみえていなかったと展示を見てわかった。物凄い展示だったな。愛の展示。最初のベートーベン・ママからずっとみてられたし、それをみたときに、「あ、きっと、おむつやパットや排泄物のこともドローイングしてあるな」と気づいた。気づきの通りに'プレスリーのオムツ替え'という映像の作品で、エルビスプレスリーのお面をつけ音楽を流しながらトイレに移乗しておむつ交換しているところが撮ってありドローイングもあった。見入った。ぼろぼろのタオルで便をふき、そのタオルをツマミ式の洗濯機で他の洗濯物と一緒に洗っていた。なんかそれをみたとき目がさめて、わたしが普段考えていることに対するおおきなヒントがここにあって、とても膨大な量のこのドローイングたちが示すものについての考えが止まらなくなった。折元さん本人がうろうろしており、大きい声で作品のことについて話していた。

こういうことについては人権やプライバシーといったことで色々言うであろう人がいることもわかる。(認知症の人の意思はどのように外の世界に反映されているのか?という問題) でもそんなことを言う人はなんにもわかっていないと思ってしまう。

折元さんは、介護とアートとどちらかをとらなくちゃいけなかったときに、どっちも取る、を選んだ。カレンダーの箱にふたりで入っている写真は、途方も無い時間にかこまれていた。ふたりで暮らした部屋を再現されたスペースがあったが、手書きのメモや手紙にはなみだがでた。人のくせみたいなものが表れている手紙がとても愛おしい。
わたしが今の仕事をはじめたときは、全然この仕事を知らない人に、わたしが朝出勤して退社するまで、一体何をやってるかを誰かに知ってほしいと思っていたのを思い出した。なんにせよこの展示にはわたしが学校で学んでいたこととは真逆の回答が出されていた。

 

 

見たあとにやさしい友達と展示の話をひと通りして、暑い風夏のなかをとぼとぼ帰ってきた。あのとき話していたようなことを日記に書きたかったけど全然うまく書ける気がしない。ここにも思ったことを全然書けていない。

 

 

帰りに友達が自販機で買ってたみかんゼリーを少しもらって飲んだ あのみかんゼリーがお腹でピカピカに光って胃液に浮いてる