FRUITS TIME

肉片

8/21

 

 

もうこれ以上はない、これ以上はないしわたしのからだも顔もこれ以上良くなることはないんだけどそれでもまだって思うのは内側の湿度が悪いみたいなそういうことなの?肌をクーラーにあててもからだの内側が全然冷えない 気持ちが蒸し風呂みたいになってる感じがしている  

 

気を使うのと使わないのとではどう違うんだろ?全然わからんが電話でジーナローランズが言った「love is it streams」ってわたしにもかかってきてるんだよ  あの電話

5/28

 

 

ロフトで家のタオル全部うすいグレーのに買い替えた。全部、同じ色のタオル、最高だね。並んでるところが可愛くてうれしい。

夜勤あけ寝て起きてみっちゃんと少し喋って、亀有のなか卯行った。冷やし坦々うどんの季節じゃ。

そのまま新宿行って新子少しだけ行ったけど、途中で具合悪くなってしまって出てきた。ペットボトル一本水飲んで夜風に当たったらちょっとよくなって、お酒が飲めない体になったこと体感する。さびしいとかんじるからだの部分がない。

 

5/19

 

 

 

仕事が忙しすぎて手につかない。16日のことを考えていた。

使ってない18Gの針を手のひらに刺してしまい血が床にボタボタ垂れる。誰にも言わなかったけど。

 

仕事終わらなかったのにむりやり富山に帰ってきた。愛の休日買えたので、それ聴きながら新幹線で結構寝た。「後悔」がすごい曲だったのでそれを何回もきけてうれしい。

 

わたしにとってうれしいことってなんだろう。でも今日はいいことがあった。

5/16

 

 

なんで読もうと思ったのかわからないけど神様のボートを読んだ。でもそういう理由はじつは全部わかっている。ずっと前に買ってから置きっぱなしだったので読んだ。そういう理由じゃない。自分のこと疑ってる。

読んでいくうちどんどんかなしくなっていた。読みがいがあったわけではない。こういう小説を25歳で読むのがいいのかわからない。(13歳のとき読んだほんものの白い鳩)新松戸のホームでさいごのほうを読み始めて、家につくまで街灯で読んで、家の灯りであとがきを読んだ。どうしてなんだろう。草子のような賢くてきれいなこどものこと、流しの下の骨の律もそうだったけどこういう聡明なもののこと書いてなんだっていうんだろう。そんなもの。

でもうまく書いてあって、しかもかなしくて 自分の親とふたりで暮らしていた20年のこと思い出してた。

 

ウォークマンをシャッフルにして聴いたことなかったのに最近シャッフルにして聴いている。聴いたことあるし絶対知ってるけど思い出せない曲が流れて画面みたらboatのTuesdayだった。柴田聡子の新曲がいい曲だったから愛の休日を買いに行きたい。

 

日記じゃない。

5/5

 

仕事のちゃんと終わっていない感じがずっとありだらだらしていたけど20時にもう帰ろうねと先輩に言われて帰って来た。今日亡くなった人にお寿司を食べさせてあげたかった。今でも苦しんで死んだ人たちの最期言ってたことを思い出す。煙草は吸うもんじゃないねって言ってたね。おれのいのちが助かるかどうか聞かれて助けるよってこたえたけど全然助けてあげられなかったし結局ひとりで死なせることになってしまった。会いたかった人とか電話したかった人とかいたみたいなんだけど繋げてあげられなかったしなんだかこういう仕事の仕方でよかったかすごい落ち込んだ。みつとお酒飲んですごい酔ってこういうことを喋り、帰ってすぐ寝て夜中に起きて日記に書いた。もう日記を書いている自分のことも嫌だし日記になってない気持ちが嫌だって思う。今日一日中早口だった気がして具合悪い。

4/24

 

 

扁桃腺炎になって一日寝てた。こういう日のこと何年先も思いだしてみたい。喉痛いけどラーメン食べた。